大阪地方裁判所 平成6年(ワ)13352号 判決 1997年12月24日
原告(甲事件)
由田憲二
原告(甲事件)
臼井幸雄
原告(甲事件)
水流眞二
原告(甲事件)
鈴木誠
原告(甲事件)
朝山俊治
原告(乙事件)
川口和義
原告(乙事件)
安田政秋
右原告ら訴訟代理人弁護士
鎌田幸夫
同
徳井義幸
同
坂本団
被告(甲、乙事件)
共同輸送株式会社
右代表者代表取締役
山田喜久
右訴訟代理人弁護士(甲、乙事件)
上原茂行
右訴訟代理人弁護士(甲事件)
豊蔵亮
同
坂本政敬
同
岡豪敏
同
青木秀篤
同
佐田元眞己
同
鈴木章
同
土谷喜輝
主文
一 被告は、甲、乙事件原告らに対し、それぞれ別紙請求認容額一覧表の割増賃金認容額合計欄記載の各金員及び同表割増賃金認容額欄記載の各内金に対する同表遅延損害金起算日欄記載の各日から各支払済みまで年六分の割合による各金員を支払え。
二 被告は、甲、乙事件原告らに対し、それぞれ別紙請求認容額一覧表の付加金合計欄記載の各金員及びこれらに対する本判決確定の日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その九を被告の、その余を原告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判(甲、乙事件)
一 請求の趣旨
1 被告は、甲、乙事件原告らに対し、それぞれ別紙債権目録1ないし9(3のみ掲載他略<以下同じ>)の未払割増賃金合計欄記載の各金員及び同表未払割増賃金欄記載の各内金に対する同表の割増賃金起算日欄記載の日の各翌日から各支払済みまで年六分の割合による各金員を支払え。
2 被告は、甲、乙事件原告らに対し、それぞれ別紙債権目録1ないし9の付加金合計欄記載の各金員及びこれらに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
4 第1、3項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
第二当事者の主張(甲、乙事件)
一 請求原因
1 労働契約
(一) 甲、乙事件被告(以下「被告」という。)は、一般区域貨物自動車運送事業等を業とする株式会社である。
(二) 甲事件原告由田憲二(以下「原告由田」という。その余の甲事件原告ら及び乙事件原告らについても同じ用法による。)は昭和五三年七月、原告臼井は昭和六三年一〇月二六日、原告水流は平成四年一月五日、原告鈴木は平成四年二月一日、原告朝山は平成四年一〇月一日、原告川口は平成元年一〇月、原告安田は昭和五五年六月に、それぞれ被告と労働契約を締結し、被告大阪営業所において運転手として稼働し、現在に至っている。
2 割増賃金請求権
(一) 被告就業規則一二条(1)には、輸送車の運転業務及びその助手の業務に従事する従業員(以下「乗務員」という。)の就業時間、休憩時間は、次のとおり定められている。
始業時刻 午前八時〇〇分
終業時刻 午後五時〇〇分
休憩時間 正午から午後一時〇〇分まで
(二) 被告賃金規則二条には、被告の賃金には基準外賃金として時間外勤務手当、深夜勤務手当等が存在する旨、同三条には、従業員の基準外賃金は毎月末日締め翌月二五日払いとする旨、同二二条及び同別表2(1)には、従業員が所定の労働時間を超えて就業したときは、その超過した時間について、時間外勤務手当として時間割賃金の二割五分増を支給する旨、同二八条及び同別表2(3)には、従業員が深夜(午後一〇時より午前五時まで)に勤務したときは、深夜勤務手当として深夜勤務一時間につき時間割賃金の二割五分を支給する旨、それぞれ規定されている。
被告賃金規則二一条(2)及び同別表1には、時間割賃金は月によって定められた賃金については、基本給、役職手当、住宅手当、技能手当、調整手当の合計金額を二〇〇で除した金額とする旨、規定されている。
(三) 原告らの、基本給、役職手当、住宅手当、技能手当及び調整手当の額、並びにこれらの金額から前項記載のとおりの計算式によって算定された時間割賃金額、一時間当たりの時間外勤務手当額、一時間当たりの深夜勤務手当額は、別紙原告ら時間割賃金計算表1ない4(1のみ掲載他略<以下同じ>)記載のとおりである。
(四) 原告らは、平成四年四月から平成八年八月まで、別紙債権目録1ないし9の時間外勤務時間数欄及び深夜勤務時間数欄記載のとおり、時間外勤務及び深夜勤務をした(ただし、原告川口の平成八年一月分の時間外勤務時間数は、三〇時間である。)。
(五) したがって、原告らは、被告に対し、それぞれ別紙債権目録1ないし9の割増賃金合計欄記載の各割増賃金の支払請求権を有する。
(六) 然るに、被告は、原告らに対し、別紙債権目録1ないし9の会社支払額欄記載のとおりの金員しか支払わない。
(七) したがって、被告は、原告らに対し、それぞれ別紙債権目録の未払割増賃金欄記載の割増賃金を支払う義務がある。
3 付加金
(一) 被告は、原告らに対し、それぞれ前項記載のとおり、割増賃金を支払う義務がある。
(二) 然るに、被告は、原告らに対し、右割増賃金の一部を支払ったにすぎない。
(三) 被告による右割増賃金の不払は、労働基準法三七条に違反するので、裁判所は、被告に対し、労働基準法一一四条に基づき、右割増賃金と同額の付加金の支払を命じるべきである。
4 よって、原告らは、被告に対し、それぞれ労働契約に基づき、別紙債権目録1ないし9の割増賃金合計欄記載の各割増賃金及びこれらに対する同表の割増賃金支払起算日欄記載の日の翌日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、並びに、労働基準法一一四条に基づき、同表の付加金合計欄記載の各付加金及びこれらに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2(一) 同2(一)は認める。
(二) 同2(二)は認める。
(三) 同2(三)のうち、原告らの基本給、住宅手当、技能手当及び調整手当の額が別紙割増賃金等計算表(ママ)記載のとおりであること、被告賃金規則に、基本給、住宅手当、技能手当が割増賃金算定の基礎となると規定されていることは認め、調整手当が割増賃金算定の基礎となる点は否認する。
原告ら主張の調整手当は、被告では調整給と称しており、被告賃金規則二条規定の調整手当とは異なるものである。調整給は、毎月必ず支給するものではなく、欠勤、時間外労働の減少などの理由により、支給する賃金額が通常の月に比較して少ないときに支給しているにすぎないものであるから、割増賃金を算定するに当たってこれを基礎額に含めることはできない。
(四) 同2(四)のうち、原告らの時間外勤務時間数、深夜労働時間数は、別紙被告割増賃金計算表1ないし13(11のみ掲載他略<以下同じ>)記載の時間外勤務時間数及び深夜勤務時間数と一致する限度で認め、これと抵触する部分は否認する。ただし、右否認する部分について、これが原告らのタイムカード打刻の始業時刻及び終業時刻から算定された勤務時間数と一致することは認める。
前記のとおり、被告の始業時刻は午前八時、終業時刻は午後五時であるが、被告においては、乗務員が遠距離の運転業務に従事する場合、輸送先には右始業時刻である午前八時に到着することを原則としている。そこで、被告においては、右遠距離運転業務に要する時間を目的地別に、別紙認定時間一覧表記載のとおり合理的に算定している(以下、右算定に係る時間を「認定時間」という。)。そして、被告の乗務員が右遠距離運転業務に従事するに当たり、輸送先到着予定時間及び当該目的地の認定時間から逆算された出発予定時刻よりも、早い時間に運送業務を開始したとしても、被告においては、認定時間の限度でしか労働時間としては認めない扱いとしている。右認定時間を基準にして算定された、原告らの深夜勤務時間数は、別紙被告割増賃金計算表1ないし13の深夜勤務時間数欄記載のとおりである。
(五) 同2(五)は争う。
(六) 同2(六)は認める。
(七) 同2(七)は争う。
3(一) 同3(一)は争う。
(二) 同3(二)は認める。
(三) 同3(三)は争う。
三 抗弁
1 弁済(請求原因2、3に対し)
(一) 被告は、原告らを含む従業員らに対し、時間外手当の他、被告賃金規則に規定のない、次の六種類の手当を支給している。
<1> ローリー専属手当 月額一万五〇〇〇円
<2> 出勤手当 出勤一日当たり一〇〇〇円
<3> 売上手当 運賃収入の一定の割合の額
<4> 長距離手当 一回当たり三〇〇〇円
<5> 保障手当 月額五〇〇〇円ないし一万円
<6> 燐酸ローリーダブル手当 一回当たり三〇〇〇円
(二) 右手当のうち、<4>ないし<6>の手当は、実質的には時間外割増賃金としての性格を有する。
即ち、<4>の長距離手当は、片道二〇〇キロメートル以上の距離を運行する業務に従事する運転手に支給する手当であるが、この運行は多くの場合に五時間程度の早出を要することから、現実の時間外労働の有無に関わらず、三〇〇〇円を支給することとしたものであり、その性格は、時間外勤務手当である。
<5>の保障手当は、平成元年ころから、被告大阪営業所の仕事量が減り、時間外手当額が減少したので、従業員の不満が高まったことから、各月ごとに時間外労働が少なく、賃金総額が前月より低くなるときは、その低くなった度合いに応じて、支給することとされた手当である。即ち、時間外労働の減少による賃金額の低下を、時間外労働をしたとみなして支給したものであるから、その性格は、時間外勤務手当である。
<6>の燐酸ローリーダブル手当は、一日二回の輸送をするには、通常一時間三〇分ないし二時間の早出が必要となるとの想定のもとに、時間外労働の有無に関わりなく支給する手当であり、時間外勤務手当相当部分がその多くを占める。
(三) 被告は、原告らに対し、別紙被告割増賃金計算表1ないし13記載のとおり、前記長距離手当、保障手当、燐酸ローリーダブル手当を支払った。
(四) 以上のとおり、被告は、原告らに対し、支払うべき時間外勤務手当、深夜勤務手当は、実質的には全て支給したので、未払割増賃金は存在しない。
したがって、被告には、労働基準法三七条の違反がないので、裁判所は、被告に対し、付加金の支払を命じることはできない。
2 消滅時効(請求原因2に対し)
(一) 甲事件原告らの請求のうち、平成四年四月分ないし同年六月分の割増賃金について、それぞれの弁済期である平成四年五月ないし七月の各月二五日の各翌日から起算して、それぞれ二年間が経過した。
(二) 原告川口の請求のうち、平成五年一二月分の割増賃金について、弁済期である平成六年一月二五日の翌日から起算して、二年間が経過した。
(三) 被告は、本件口頭弁論期日において、(一)、(二)の時効を援用する旨の意思表示をした。
3 除斥期間の経過(請求原因3に対し)
甲事件原告らの請求のうち、平成四年四月分ないし一一月分の割増賃金に対応する付加金の請求については、右割増賃金の弁済期である平成四年五月から同年一二月までの各月二五日の各翌日から起算して、それぞれ二年間が経過した。
四 抗弁に対する認否
1(一) 抗弁1(一)は認める。
(二) 同1(二)は否認ないし争う。
<4>の長距離手当は、長距離の運転に伴う運転手の心身の疲労に応えるものとして支給されているものであって、荷物を積まない走行には、たとえ片道二〇〇キロメートルを超えても支給されないことを併せ考慮すると、時間外勤務手当の性格を有するものではない。
<5>の保障手当は、売上等の減少に伴う賃金総額の低下等を調整するために支給されるものであって、生活保障給である。また、支給基準が時間外労働の増減と対応しているとはいえないことからしても、保障手当が時間外手当の性格は有していないことが明らかである。
<6>の燐酸ローリーダブル手当は、燐酸を運んで一日二回往復運行した輸送車の運転手のみを対象とした手当であって、時間外労働の時間数に関係なく、労働密度の強化の対価として支給されているもので、時間外勤務手当としての性格は有していない。また、一日二回往復運送することに伴う早出の時間に応じて額を定めているわけではなく、この点からも燐酸ローリーダブル手当が時間外手当の性格を有していないことは明らかである。
(三) 同1(三)は認める。
(四) 同1(四)は争う。
使用者が、労働者に対し、労働基準法所定の計算方法によらず、時間外及び深夜勤務の割増賃金を支払う場合には、割増賃金として同法所定の額が支払われているか否かを判定できるように、割増賃金相当部分とそれ以外の賃金部分とを明確に判別できることが必要である。然るに、被告の支払った長距離手当、保障手当、燐酸ローリーダブル手当については、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外の割増賃金に当たる部分とを明確に区別することができない。
したがって、被告の支払った長距離手当、保障手当、燐酸ローリーダブル手当によって、原告らの割増賃金が支払われたということはできない。
五 再抗弁(抗弁2に対し)
1 信義則違反(抗弁2に対し)
(一) 原告らは、平成六年五月二三日、全日本運輸一般労働組合北大阪支部共同輸送分会(以下「分会」という。)を結成し、その直後から、被告に対し、本件割増賃金の請求をしてきた。それ以前は、被告は、原告らが組合を結成しようとする動きに対してはこれを妨害し、組合潰しをしてきた。
(二) 以上のような組合潰しを行い、労働者からの割増賃金請求を妨害してきた被告が、抗弁2記載の消滅時効を援用することは、信義則に反して許されない。
2 中断(抗弁3に対し)
原告らは、被告に対し、平成六年六月以降、分会による団体交渉を通じ、本件割増賃金等の支払請求をしたが、その中には、当然抗弁3記載の付加金の請求も含まれていた。
六 再抗弁に対する認否
再抗弁は否認する。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。
理由
一 請求原因1(労働契約)について
請求原因1は当事者間に争いがない。
二 請求原因2(割増賃金)について
1 請求原因2(一)(就業時間)、同2(二)(時間外勤務手当、深夜勤務手当の支給根拠規定)について
請求原因2(一)、(二)は当事者間に争いがない。
2 同2(三)(時間外勤務手当、深夜勤務手当の一時間当たりの単価)について
(一) 同2(三)のうち、原告らの基本給、住宅手当、技能手当及び調整手当の額が別紙原告ら時間割賃金計算表1ないし4記載のとおりであること、基本給、住宅手当、技能手当が被告賃金規則所定の時間割賃金の算定の基礎になることは当事者間に争いがない。
(二)(1) 被告は、原告ら主張の調整手当が被告賃金規則規定の調整手当とは異なるので、これを被告賃金規則所定の時間割賃金の算定の基礎に算入してはならない旨主張する。
(2) 当事者間に争いのない事実並びに原本の存在及びその成立に争いのない(証拠略)によれば、被告賃金規則二条には、基準内賃金のうちの手当として調整手当が規定されていること、同二一条及び同別表記載1の算式には、時間割賃金は基本給、役職手当、住宅手当、技能手当、調整手当の合計額を二〇〇で除した額とすること、同二二条及び同別表記載2(1)の算式によれば、時間外勤務手当は時間割賃金の二割五分増の額に時間外勤務時間数を乗じた額とすること、同二八条及び別表算式2(3)には、深夜勤務手当は時間割賃金の二割五分の額に深夜勤務時間数を乗じた額とすることが規定されているが、調整手当の支給基準等は規定されていないことが認められる。
(3) (人証略)の各証言及び弁論の全趣旨によれば、被告賃金規則所定の調整手当とは、車両を他社に持ち込んで、右会社に専属して運送部門を担当している乗務員の稼働時間が右会社の作業時間に拘束されたり、被告から右会社への移動時間が残業時間として算定されない等の不都合があったことから、同乗務員らを対象として支給することとした手当であること、その手当の対象となる乗務員は被告大阪営業所に三名存在すること、その一方、原告らが調整手当と称するものは、被告では調整給あるいは保障手当と称せられ、時間外労働が少なく、賃金月額が前月より少なくなる従業員を対象とし、その低くなった度合いに応じて、被告取締役営業本部長である山田紀明が五〇〇〇円、一万円、一万五〇〇〇円の中から額を選択して支給する手当であることが認められる。
さらに、成立に争いのない(証拠・人証略)の証言、原告由田の本人尋問の結果によれば、原告らに対する調整手当が毎月支給されていたものではなく、支給されない月もあったうえ、その支給額も一定ではなかったこと、右手当が常に調整手当と称されていたわけでもなかったことが認められる。
(4) これらの各事実を併せ考えれば、原告ら主張の調整手当とは、被告賃金規則所定の調整手当とは異なるものであることが認められるから、原告ら主張の調整手当を、被告賃金規則所定の時間割賃金の算定の基礎に算入することはできないというべきである。
(5) 以上認定の事実を前提に、原告らの時間割賃金を算定すると、別紙時間割賃金計算表記載のとおりとなる。
4(ママ) 同2(四)(時間外勤務時間数、深夜勤務時間数)について
(一) 同2(四)のうち、原告らの時間外勤務時間数が、別紙請求債権目録1ないし9の時間外勤務時間数欄記載の時間数であったこと(ただし、原告川口の平成八年一月分の時間外勤務時間数については、三〇時間であったこと)は当事者間に争いがない。
(二) 同2(四)のうち、原告らの深夜勤務時間数は、別紙被告割増賃金計算表1ないし13記載の深夜勤務時間数と一致する限度で当事者間に争いがない(なお、原告鈴木の平成五年四月分、平成六年三月分、同年四月分、原告朝山の平成五年七月分、同年一二月分の深夜勤務時間数については、被告割増賃金計算表1(第二回口頭弁論期日において陳述)記載の深夜勤務時間数より同表7及び9(いずれも第一六回口頭弁論期日において陳述)記載の深夜勤務時間数の方が少なく主張されているので、その限度で自白の撤回が問題となるが、同原告らは、右自白の撤回については異議を述べなかったので、右自白の撤回は有効になされたものというべきである。)。ただし、右原告らの深夜勤務時間数のうち、被告割増賃金計算表1ないし13の深夜勤務時間数欄記載の深夜勤務時間数を超えて、これと一致しない部分についても、原告ら主張の深夜勤務時間数が、タイムカード記載の出勤時刻及び退勤時刻から算定された深夜勤務時間数と一致することは、被告もこれを認めるところである。
したがって、本件において、原告らが主張する深夜勤務時間数のうち、被告が否認している部分について、これが実際にも原告らの深夜勤務時間であると認めることができるかが争点となるので、以下、項を改めて検討する。
(三) 当事者間に争いのない事実並びに(人証略)及び原告朝山の本人尋問の結果によれば、原告らは、長距離のトラック運転業務に従事する際、原則として、被告就業規則所定の始業時刻である午前八時に目的地に到達しなければならないことから、やむを得ず深夜に運転業務に従事せざるを得なかったところ、原告らは、実際は、深夜の運転業務を回避すべく、右目的地到達予定時刻及び認定時間から逆算された出発予定時刻以前に、出勤時刻としてタイムカードに打刻して目的地に向けて出発し、目的地に到達してから、一定時間、仮眠を取るという勤務形態を採ることが多かったことが認められる。
右事実によれば、原告らのタイムカード記載の出勤時刻を前提に算定された深夜労働時間の中には、右のように労働者の都合により必要以上に早くから業務を開始し、余った時間で目的地に到達してから取った仮眠時間が一定程度含まれているというべきである。したがって、本件において、タイムカードに打刻された出勤時刻及び退勤時刻は、従業員の就労開始時刻及び同終了時刻を正確に反映しているということはできないので、右各時刻から算定された深夜勤務時間数が真の意味での深夜勤務時間数であるということはできない。
もっとも、当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない(証拠・人証略)、原告朝山の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告らを含め、被告乗務員が長距離トラックの運転業務を遂行するに当たっては、天候不順や交通渋滞等の事情により、目的地に到達するまでに認定時間策定の際に予想された時間より長い時間を要する場合があり、右事情を見越して通常より早く出発する必要がある場合があること、また、前記のとおり、右認定時間は午前八時に目的地に到達することを前提として策定されているところ、被告が、原告ら乗務員に対し、午前八時以前に目的地に到達するように業務命令を発したことがあること、深夜の長距離トラックの運転業務に従事するには、右運転業務を安全に遂行する必要上、一定程度の仮眠時間も必要であることが認められるのであるから、原告らが、右認定時間を超えて深夜勤務をしたことも皆無ではないことが推認されるといわなければならない。
しかしながら、本件において、原告らが右認定時間を超えて深夜勤務をした労働日及び当該労働日における深夜勤務時間数については、これが具体的に特定されていないのであるから、これを算定することができないといわざるを得ない。
したがって、原告らの主張する深夜勤務時間数のうち、被告の否認している部分については、これが原告らの深夜勤務時間であるとの証明がないこととなる。
5 以上の判示をまとめると、原告らの割増賃金に係る請求は、別紙請求認容額一覧表(原告川口和義のみ掲載他略<以下同じ>)の割増賃金認容額合計欄記載の限度でのみ理由がある。
三 抗弁1(弁済)について
1 抗弁1(一)(各手当の存在)及び同1(三)(各手当の支給)は当事者間に争いがないところ、被告は、右手当が本質的には時間外勤務に対する割増賃金の性格を有し、右手当の現実の支給額が、原告らの時間外勤務時間数、深夜勤務時間数に基づいて労働基準法三七条所定の計算方法で算定された割増賃金額を下回ってはいないのであるから、結局割増賃金は全額支給済みであると主張する。
2 この点に関し、時間外、休日及び深夜の割増賃金に関する労働基準法三七条の趣旨は、同法の採用する強行的な法定労働時間制、週休制からすると例外的である過重労働につき、使用者に割増賃金支払義務を課すことによって、間接的にその労働が抑制されることを期待し、もって法定労働時間制、週休制の実効性を確保するとともに、例外的な過重労働により労働者のもたらされた肉体的、精神的負担、自由時間の喪失に対する特別な補償を図ることにある。したがって、同条所定の最低額の賃金が、本件のように、各種手当の名目で支給されていても、それが実質的に同条所定の割増賃金の趣旨で支払われている限りは、同条の目的は達成されたというべきであり、それ以上に同条所定の計算方法や支払方法に拘束されなければならない理由はない。
しかし、同条の右目的に鑑みれば、右手当の支給により同条所定の割増賃金が支払われたというためには、割増賃金の趣旨で支給された右手当のうち、どの部分が同条所定の割増賃金に相当するかが明確に峻別できなくてはならないというべきである。なぜなら、割増賃金の趣旨で支給された右手当が、同条所定の計算方法で算定された割増賃金額を下回った場合には、労働者は、使用者に対し、右差額を未払割増賃金として同条に基づいて請求できるはずであるところ、仮に右差額が明確に算定されなくとも同条に違反しないと解すると、同条の未払割増賃金支払請求権の範囲を特定することができず、結局これを行使できない結果に終わるという意味で、同条の趣旨を潜脱することになるからである。
3 以上によれば、右手当の支給によって同条所定の割増賃金が支給されたというためには、まず右手当が実質的に割増賃金としての性格を有すること、右手当のうち割増賃金相当部分とそれ以外の部分とが明確に峻別できること、右手当のうちの割増賃金相当部分が同条所定の計算方法によって算定された割増賃金額を下回っていないことの各要件を満たすことが必要であるというべきである。
4 抗弁1(二)(右手当の性格)について
(一) 証人山田紀明の証言、原告朝田、原告由田の各本人尋問の結果及び被告代表者尋問の結果によれば、次の各事実が認められる。
(1) 長距離手当とは、片道が二〇〇キロメートル以上の距離を運行する業務に従事する運転手に支給する手当である。これは、多くの場合に、五時間の早出を要することから、現実の勤務の有無にかかわらず、三〇〇〇円を支給することとされた。
片道が二〇〇キロメートル以上の距離を運行する業務に従事する場合でも、荷物を積まない走行には、支給されていなかった。
(2) 保障手当とは、平成元年ころから、被告大阪営業所の仕事が減り、時間外手当が減少したので、従業員の不満が高まったことから、各月毎に時間外労働が少なく、賃金総額が前月より少なくなるときは、その低くなった度合いに応じて、前記山田紀明が五〇〇〇円、一万円、一万五〇〇〇円のうちから額を選択して支給するものである。その客観的な支給基準は存在しない。
保障手当とは、時間外労働の時間が少なくなった労働者に対して支給し、時間外労働の時間数に応じて支給するわけではない。
(3) 燐酸ローリーダブル手当とは、燐酸を二回輸送するには、通常一時間三〇分ないし二時間の早出が必要となることから、支給されることとなった手当である。
しかし、たとえ一日二回運送して、同時間だけ早出をしても、積荷が燐酸ではない場合には、燐酸ローリーダブル手当は支給されなかった。
(二) 以上認定の各事実を総合すると、いずれの手当も、必ずしも時間外勤務や深夜勤務を前提とするものではないし、また、その支給金額が必ずしも時間外勤務時間数あるいは深夜勤務時間数とは比例する関係にはなっていないと認められるので、その全部が割増賃金の性格を有するものと認めることはできない。
(三) なお、前記認定の各事実からすると、長距離手当及び燐酸ローリーダブル手当は、その支給対象となる業務が、いずれも早出残業を要することが多いことから、その時間外勤務の対価として支払われた賃金という側面をも有すること、保障手当が時間外勤務手当が減少した場合の補填として支給されていたことが認められるのであるから、いずれの手当も割増賃金としての性格が皆無であるとはいえない。しかし、長距離手当及び燐酸ローリーダブル手当は、従業員が同一時間帯に同一時間数だけ運転業務に従事しても、積荷によって手当支給の対象となるか否かが決せられること、保障手当は被告の取締役営業本部長である山田紀明が客観的な支給基準なくして五〇〇〇円、一万円、一万五〇〇〇円の選択肢の中から支給額を決定することが認められるのであるから、右手当は、いずれもその全額が割増賃金に相当するとは認めることができない。
そこで、右手当のうちどの部分が割増賃金に相当する部分であるかを検討するに、本件全証拠をもってしても、右部分を特定することはできないといわざるを得ない。
(四) 以上によれば、右各手当はその全部が割増賃金に相当するとは認めることができず、その一部分が割増賃金に相当しうるにすぎないというべきであるが、割増賃金相当部分がその他の部分から明確に峻別することができないので、その余の事実を判断するまでもなく、右各手当の支払により、原告ら請求にかかる割増賃金が支給されたとは認めることができない。
5 よって、その余の事実を判断するまでもなく、抗弁1は理由がない。
四 抗弁2(消滅時効)について
1 抗弁2(一)(二)(時効期間の経過)、同2(三)(時効の援用の意思表示)は、いずれも当裁判所に顕著である。
2 したがって、抗弁2は理由がある。
五 抗弁3(除斥期間の経過)について
1 抗弁3(除斥期間の経過)は、当裁判所に顕著である。
しかし、甲事件原告らは、当裁判所に対し、付加金を請求する本件訴え(甲事件)を、平成六年一二月二六日に提起したことが、当裁判所に顕著であるから、除斥期間の経過により請求できない付加金は、平成四年四月分(平成四年五月二五日支給)ないし同年一一月分(同年一二月二五日支給)に限られる。
2 したがって、抗弁3は、甲事件原告らの平成四年四月分(平成四年五月二五日支給)ないし同年一一月分(一二月二五日支給)の割増賃金の不払に対する付加金に関する限りで、理由がある。
六 請求原因3(付加金)について
1 二5認定のとおり、被告は、原告らに対し、それぞれ別紙請求認容額一覧表の割増賃金欄記載の割増賃金の支払義務がある。
2 したがって、裁判所は、被告に対し、それぞれ別紙請求認容額一覧表の付加金合計欄記載の付加金の支払を命じるのが相当である。
七 再抗弁1(信義則違反)について
1 再抗弁1(一)(信義則違反)については、これを認めるに足りる証拠がない。
2 したがって、その余の事実を判断するまでもなく、再抗弁1は理由がない。
八 再抗弁2(中断)について
労働基準法一一四条に基づく付加金の請求は、同法三七条等の違反のあった時から二年以内にこれをしなければならないが、この二年間は除斥期間であると解されるので、中断が生じることはない。
したがって、仮に再抗弁2の事実が認められたとしても、再抗弁2は理由がない。
九 結論
以上によれば、原告らの請求は、別紙請求認容額一覧表の割増賃金認容額合計欄記載の割増賃金及び同表割増賃金認容額欄記載の各内金に対する同表遅延損害金起算日欄記載の日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金並びに同表付加金欄記載の付加金合計欄及びこれらに対する本判決確定の日の翌日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないので失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 長久保尚善 裁判官 森鍵一)
《別紙》請求認容額一覧表(原告川口和義)
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《別紙》債権目録3
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《別紙》原告ら時間割賃金計算表(単位 円) 1
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川口和義 《別紙》被告割増賃金計算表 11
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《別紙》時間割賃金計算表
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